コーヒーが美味い以外にこれといって特徴の無いその店では、マスター:デヤマ(森下淳士 from 劇団ころがる石)が今日もコーヒーカップを磨いている。
店の常連客の一人である女刑事サワダ(原典子 from 満月動物園)は今日もサボリだ。
マスターが「パトカー」というと、サワダはあわてて顔を隠す。
犯罪者か警察かわからないとマスターが茶化していると、もう一人の常連客、病院の看護師イシヅカ(河上由佳 from 満月動物園)が休憩にやってきた。
最近忙しく休憩時間もろくにとれないイシヅカは「世の中から病気がなくなったら失業なのが辛い」とこぼすが、マスターは「今そこにある危機を解決する人は必要」だと答えるのだった。

イシヅカはふと店のメニューの一番下に小さく書かれている「スペシャリテ」が気になりマスターに尋ねる。
「ねぇ。このメニューに書いてあるスペシャリテって何が出てくるの?」
「スペシャルなものが出てきますよ」
「おっと、ミステリアス」
眠気さましに新聞を読み始めたイシヅカは指定図書発表の記事を目にする。「どうせくだらない本なんだろうな」と口にするイシヅカにマスターは、「そんな言い方は良くないよ。その本の事が好きな人や、その本に救われた人がいるかもしれない。そんな人にとったら、くだらなくはないんだから…。」と話すのだった。
今、この国では「低俗あるいは悪意ある図書が与える影響から青少年を守る為の流通禁止に関する特別措置法」通称「指定図書流通禁止法」が成立し、毎月のように流通を禁止する指定図書が発表され、言葉が狩られている。
サワダとイシヅカが去り、店を片づけながらマスターは、指定図書流通禁止法に反対運動を展開していた恋人、マツモト(諏訪いつみ from 満月動物園)の事を想い出す。
運動にのめり込んでいくマツモトを心配するデヤマは、「くだらない本が読めなくなるだけだ」と止めようとするが、マツモトに「その本が大好きな人だっているかもしれないじゃない。その本で救われた人だっているかもしれないじゃない。その人にとっては、くだらない本じゃないわ。大事な本。」だと諭される。「意見にバリエーションの無い世界はおかしい」「いったん法律ができたら無くならない
、きっとずるずる基準が厳しくなる」と言うマツモトの言葉を受け止めながらも、ストレートに同意できないデヤマ。彼には彼女には語れない秘密があった…。
数日後、珍しく朝早くにサワダが店を訪れる。これから指定図書のガサ入れに行くという彼女は新たに発表された指定図書のリストを確認しながら「なんでこんなもの出版するかね。指定されるのわかりそうなもんなのに。」と呟く。マスターはそれに「書かずにいられなかったんでしょ」と応える。

そこに入って来た客に、マスターの動きが止まった。
その客ハヤシ(2役/諏訪いつみ from 満月動物園)は、かつての恋人マツモトに酷似していた。
その様子を敏感に感じ取ったサワダは、ハヤシが何だか気にとまってしまう。
そこに疲れた様子のイシヅカがやってくる。2回転目の勤務が終わり、帰る前によった彼女に、マスターはよく眠れるというハーブティ「マージョラム茶」を出す。
静かにそれを待つイシヅカはマスターに「コーヒー豆を間違えたことがある?」と問う。
マスターはブルマンの注文に日替わりのブレンドを出してしまった失敗を話すが、客は気付かなかった様子だった、と答える。
マージョラム茶を飲みながら、イシヅカは「病院じゃぁそうはいかないよね…。病院には病気を治しに来るわけだし。間違えちゃいけないよね。」と話す。
何かを抱えた彼女の様子にマスターは、店の特別メニュ「スペシャリテ」を薦めるのだった。
「でも、一週間くださいますか?仕込みに時間がかかるんです。一週間たってまだスペシャリテの響きを必要としていたらオーダーして下さい。必要が無くなれば、忘れて頂いて結構です。」
マスター:デヤマは再びマツモトの事を思い返す。それは彼女の遺品を引き取った日…。
指定図書流通禁止法制定反対のジャンヌダルクと呼ばれた彼女は、運動の渦中で謎の自殺を遂げた。身寄りのない彼女の遺品を引き取ることになったデヤマは、初めて彼女の部屋を訪れる。そこには壁一面、床から天井まで、寝る場所以外に足の踏み場もないほど「本」が積まれていた…。

イシヅカにスペシャリテを薦めてから1週間後、店にはハヤシがやって来ていた。
いつもコーヒーカップを磨いている姿を「落ち着く」と告げると、マスターは「いつも磨いていないと同じままじゃいられないような気がする。ほんのすこしずつ汚れて変わっていってしまうような気がする」と語る。
平凡で引っ込み思案な日常を変えたいと思っていたハヤシは、一人で入ることも出来なかった喫茶店に通うようになることで、少しずつ自分が変わりつつあることを自覚していた。
ハヤシが去り席を片づけていると、イシヅカがやって来てマージョラム茶を注文する。
準備を始めたマスターに、イシヅカは今日が1週間後だった事を思い出しスペシャリテをオーダーし直す。

スペシャリテを用意するとっておきの時間。
やがて、マスターが入れたとっておきのコーヒーがイシヅカの前に…。

とっておきのコーヒーを愉しむイシヅカに、マスターは一冊の本を差し出す。
「この本は答えでもアドバイスでもありません。答えはあなた自身のものだからです。ただ、この本はその参考に。あなたが答えに向き合う時に肩を押してあげられたら、あるいは気が楽になれば幸いです。」
差し出したその本は、この国からはもう「ないこと」にされてしまった本=指定図書の中の一冊。それはマツモトが大切にしてきた本たちの中の一冊だった…。
「相手の事を本当に考えないと本は渡せない。だから自分は人に本をプレゼントしたことがない」というイシヅカは、本を受け取る事を本当に嬉しいとかみしめていた。
そんなイシヅカの様子を見ていたマスターは、マツモトから本を受け取ったある日の事を静かに想い出すのだった…。

(幕 to be continued / ep2へ)