
東京郊外、その喫茶店は病院の門前町である商店街の片隅にひっそりとある。
コーヒーが美味い以外にこれといって特徴の無いその店では、マスター:デヤマ(森下淳士 from 劇団ころがる石)が今日もコーヒーカップを磨いている。

マスターの過去の秘密。それは指定図書流通禁止法制定反対の市民運動で中心的な存在として活動していた、マツモト(諏訪いつみ from 満月動物園)を監視することだった。駅前のロータリーでマツモトを監視するデヤマの元に、内閣調査室課長のイタヤ(白木原一仁 from ななめ45°)がそっと近付く。仕事熱心なデヤマを褒める部長に焼き肉をおごってもらったと自慢するイタヤ。
「ま、頑張ってよ。市民運動やってるヤツなんか、ちょっとおかしなヤツばっかりだと思うけど、牛丼おごるからさ。」
「僕も焼き肉が良いですね。」というデヤマを置いて、イタヤは立ち去った。

店には、今日もハヤシ(2役/諏訪いつみ from 満月動物園)とイシヅカ(河上由佳 from 満月動物園)が来ている。ハヤシはすっかり店に馴染み、同じ常連のイシヅカとも自然と話せるようになっていた。
勤務する病院の医療過誤問題を告発したイシヅカは、クビを覚悟したが、実際には関係者の処分などの影響で、より忙しい毎日を過ごしていた。元々、医療の質には定評のあった病院は、医療過誤を隠蔽していた理事長を解任し、事態を収拾したことで持ち直していた。
「あのハゲが悪い。ハゲ理事長がちゃんとしてれば最初から良い病院だったのに。ハゲ、死ね。」
とそこに常連の老紳士マツダイラ(殿村ゆたか)が店にやって来たから一同はこらえるのに必死だ…。マツダイラが帽子を脱ぐと頭頂部は寂しい感じだ。

イシヅカは、先日マスターが話してくれたブルマンの注文に日替わりのブレンドを間違ってだしてしまった一件の相手はマツダイラだろうと問いかけ、わざと日替わりを出してみようとイタズラを提案する。寝不足でテンションのおかしいイシヅカだったが、新聞に今期の指定図書として自分の好きだった本が入っていることがわかり残念がる。
イシヅカが去った後、マツダイラはイシヅカが自分の娘の小さかった頃に雰囲気が似ているとマスターに話す。新聞には大した事件は無いというマツダイラは、昔に比べて治安が良くなったのは指定図書流通禁止法のお蔭ではないかと言う。
「ボクはそう思うね。こう、なんていうか締まったよね。空気が。自由すぎるのも考えものだよ。みんなやりたい放題でさ。」

そこに、店の外の何かを探る素振りでイタヤが店に入ってくる。窓の外に意識のあるイタヤは初めデヤマに気付かず、オーダーする時に初めて顔を見て驚く。
「なんだお前、こんなところで何してるんだ。」
「喫茶店の店長をしてます。」
「あぁ、そうだよなぁ。いや、久しぶりだなぁ。」
「なんで、今頃…」
突然のイタヤの来訪にマスターの記憶は、マツモトの遺品を引き取ったあの日に戻る。

マツモトの部屋で遺品の整理をするデヤマの元をイタヤがたずねた。
「残念だったな…。運び出すんなら手伝うよ。」と声をかけるイタヤ。
マツモトの不審な自殺に疑念を抱くデヤマはイタヤを問いただす。
「マツモトは自殺するような人間ではありませんでした。課長。なにか知ってるんじゃないですか?」
「なにも知らんよ。…知らんよ。俺は」とはぐらかすイタヤ。
だがデヤマはそんなイタヤの言葉に疑惑を確信する。
「知らんよ俺は、ってじゃぁ誰が知ってるんだよ。わざわざ言い直しやがって…。」
マツモトの自殺には何か裏がある…。
数日後、夕刻の喫茶店。
店にはイタヤとイシヅカが来ている。
何故辞めてしまったのかと問うイタヤにデヤマは「自分には少し重すぎました。自分がなかなか割り切れない質なんだって分かりましたから。」と応える。デヤマは、マツモトの死の一件で内閣調査室を辞職したのだった。
「お前、まだあの子のこと引きずってるのか?」
そこにハヤシがやってくる。
「マツモト!」驚きを隠せず、持っていた新聞を取り落としてしまうイタヤ。
「ハヤシ…ですけど…」
「人違いでした。」
マツモトと酷似しているハヤシの姿に、冷静で飄々としているイタヤも穏やかではいられなかった。
そこにマツダイラもやって来て、店は急ににぎやかになる。

「引きずってるあの子って誰なの?」とマスターに話かけるイシヅカ。
昔の事だとはぐらかすマスターにイシヅカはさらにたたみかける。
「昔の仕事の話には興味無いけど、昔の恋の話には興味あるね。」
そこにマツダイラまで参戦して、旗色の悪いマスターはイシヅカに「そういう自分はどうなの?恋人には会えてるの?」と反撃すると、「仕事が楽しくて、恋だの愛だの言ってる間が無い」というイシヅカ。
すると「くだらん。」と突然マツダイラが怒りだした。
「仕事は何も残してくれません。どんなに頑張ったって、いつかあなたが辞めても仕事が止まることはないんです。仕事とはそうしたものなんです。もっと自分の人生を大事にしないとダメですよ。」
その言葉に納得のいかないイシヅカとマツダイラの間で口論になってしまう。
それを一喝したのは、ハヤシだった。
「大事なものが人それぞれで、何が悪いんですか?人が大事にしているものを大事にしてあげられない方が問題だと思います。」
普段物静かなハヤシの強い言葉に驚く一同。
やがて一人取り残されたマツダイラは、マスターに自分の境遇を語る。
自分の娘に似ているイシヅカを心配してしまう気持ち。
仕事にのめり込むあまり、家庭が冷え切ってしまったこと。
その哀しみから、女房と娘を捨てて若い女と逃げてしまったこと。
その若い女と今はそれなりに幸せな老後を送っているが、今は昔ばかり想い出してしまう事。
ブルマンも昔の女房が好きで、娘が「ブルマン」と口真似していた事。
その娘もかつての自分のように、仕事にのめり込んで大切なものを見過ごしていないか心配な事。
「会いたいんですよ。前の女房と娘に。会いたいんですよ。情けないことに。でも今さらどんな顔をして連絡したものかもわかりませんしね。」
そう、告白するマツダイラにマスターはスペシャリテを薦めるのだった。
「スペシャリテ。当店の特別なメニューです。でも、一週間くださいますか?仕込みに時間がかかるんです。一週間たってまだスペシャリテの響きを必要としていたらオーダーして下さい。必要が無くなれば、忘れて頂いて結構です。」

マツダイラがスペシャリテをオーダーして帰った後、マスターは先ほどのハヤシの言葉を思い返す。
それは、マツモトも何度も口にした言葉だった…。
マスターの記憶は、マツモトとの様々な場面に帰っていく。
法案反対運動もいよいよ行き詰る中、手を引かせようと説得するデヤマに、マツモトはデヤマが、法案を通したい体制側の人間であることを知っていると告げる。それでもデヤマを想う気持ちに変わりは無いと一冊の本を差し出す。「この本、貸してあげる」
それはマツモトからデヤマへ直接手渡された最期の一冊だった。
一週間後、会計を済ませて帰っていくイタヤ。
ハヤシはマスターに質問する。
「あの人って、マスターのお知合いなんですよね?私のこと誰と間違えたのかしら。」
そして、先日の一件をわび、近頃姿を見ないマツダイラを案じるのだった。
すると久しぶりにイシヅカが来店。休暇をとって温泉で少しのんびりして来たイシヅカは、悔しいけどあのハゲ(マツダイラ)の言う事も一理あると認めるのだった。
そこへマツダイラが来店。先日の事を詫びるマツダイラに居心地の悪いイシヅカは、コーヒーをぐっと飲み干して帰って行った。
すっかり嫌われてしまったと意気消沈するマツダイラを「照れ臭いだけだ」と励ますマスター。マツダイラは一週間楽しみにしていたスペシャリテをオーダーする。
一週間の間、マツダイラはハヤシの言葉をかみしめて、自分の大切なもの、人の大切なものについてゆっくり感がる事が出来たと語る。それはとても素敵なことだったと。
やがて、マスターがとっておきのコーヒーを出すと、ブルマンの味も分からないマツダイラだが、そのコーヒーの美味しさは格別だった。
「コーヒーってこんなにおいしかったのか…」
やがてマスターはマツダイラに一冊の本を差し出す。
「この本は答えでもアドバイスでもありません。答えはあなた自身のものだからです。ただ、この本はその参考に。あなたがキッカケを求めているなら、その肩をそっと押してあげられるかもしれません。」

「人生は余白の中にあるような気がしていますよ、今は。」と応えるマツダイラ。
ゆっくりと本を開くとページの間から紙片が出てきた。
「大将。本の間に、なにか挟んであるよ。」
そこには、懐かしいマツモトの筆跡で「明日はきっといい日だ」と書かれてあった。
まるで、デヤマへメッセージを残すように…。

(幕 to be continued / ep3へ)